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はざわら:印字頭’Z

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はざわら

 きしりと、戸の軋む音が聞こえた。



 木で作られた建物は、夕刻や明け方のあと、日の有無で生じる温度差に軋むことを知っていた。これもそうだろう、そう考えた矢先にからりと金属片の音。それはノブに吊るされた丸い木片と、そこから糸で繋がる錫の板が擦れて生まれる音だ。随分久しぶりに聞いた気がした。補修をしてからは一度も鳴らされることがなかったもの。響きがいささか違うなと、私はドアを見ていた。回されたドアノブと揺れるベル、そしてそれらの動きを生み出した来客を私は一つの絵のように眺めていた。
「――ああ、いらっしゃい。見ない顔だね。この店は初めてかな。それとも――この街が初めてなのかな」
 挨拶のように告げた、見知らぬ相手への言葉。その人は驚くように私を見詰めた。
「……こんな所に、喫茶店があるとは思わなかった」
「ああ、ああ、そうだろう。しかしその話よりも、私には今からされるであろう注文の方が重要でね。メニューはそちらに用意してあるから、好きなものを――ああ、何を注文したらいいのか分からないって顔だ。そうだね、それなら紅茶はどうかな。コーヒーもだせるけどね、紅茶を注文してくれるほうが嬉しい」
 来訪者は黙ったままだ――少し喋りすぎただろうか? 久しぶりのお客だから、ついつい喋りすぎたのかもしれない。けれど、何より私は喋ることが好きなのだ。それは喫茶店の主人に望まれることではないのかもしれないが、しかし、それを許されることには安堵を覚える。このお客は、果たして、許してくれる人なのだろうか。
「――お客さん? 飲物がいらないのなら、軽食でもご用意しましょうか? 確か、挽肉のいいのが残って――」
「ああ、食べ物はいらないんだ。冷たいアイスティーと、水を貰えるかな」
 ……妙な客だと、そんなことを考えるのは失礼だろうか。戸惑うこちらをよそに、お客はカウンターへと歩いてくる。その注文が当たり前のことだとでも言うように、伏し目がちのまま椅子を引いた。
「あ」
「……ああ、ここに座っては駄目だったか?」
「いえ、そんなことは無いんですが――」
 お客が選んだその椅子は、かつて常連ばかりが座っていた椅子だった。カウンターの隅、空の鉢植えが並ぶ出窓の傍。そこを好んで座った客を幾人か思い出す――誰も彼も無口で、けれどこちらが話しかければ嬉しそうに笑っていた。
 今はもう来ない客だ。いや、来るのかもしれないけれど、ここしばらく姿を見ていない。そこに座ろうとする新客を見るたび、そっと別の席へと案内していた。つまりそれくらいには大事な椅子で、けれど、どうせ今日も来ないのだろう。
「どうぞ、その席にお座り下さい。おしぼりと水を、今お持ちしますので」
「そう」
 短く答え、お客さんは椅子に座る。大きなキャリーバックを床に置いていた。使い古された、年代物の鞄だ。所々に補修の跡がある。アンティークとしてではなく、触られ、酷使されてこその年代物。
 あまり見て入られない。興味は引くが、しかしそれは紅茶を淹れてからだろう。他に客は居ないのだ。話す時間はたっぷりとある。
 やかんに水を注ぐ。水道水ではなく、紅茶の為に調整された水だ。水色の綺麗に出るこの水は店の自慢。コーヒーはコーヒーのための水を、料理には料理のための水を用意している。今から出すお冷も、またそのように。
 瓦斯の火にやかんをかける。準備してあった硝子のカップに水を注ぐ。紅茶と水とは変わった注文だが、しかしそれは私が干渉することではないのだろう。
 保冷庫の中のおしぼりと水をカウンターの表へ。客はおしぼりを手に取り、広げたそれで指から手首、肘へと進めている。すると色が黒くなり、今度は裏側で顔と首筋を拭った。
 何故逆の腕を拭わないのかと思い、視線を動かせば、
「お客さん――それは?」
「ああ、生まれてからすぐにね。直せる人はもう居ないんだ」
「ほう、それは――」
 話を広げようとして、しかしやかんの水を思い出す。紅茶の水は沸かしすぎては意味が無い。沸かしすぎた湯では茶葉を上手く躍らせないのだ。火を弱め、白のポットを用意する。別に沸かしてあった湯をポットへと注ぎ、温めた後湯を抜く。手に取った缶はダージリンのアールグレイ。いささか香りの強すぎる茶葉だが、アイスティーにはこれがいい。二匙の茶葉をポットに入れ、沸き立つ直前の湯を注いだ。高低差を利用し、勢いよく注ぐのがコツだ。
 蓋を閉めて蒸らす。砂時計を逆さにし、待ち時間で別のポットに氷を流し込んだ。茶を入れているポットより大きい物。中には金ザルがあり、溶けた雫が硝子に落ちてゆく。
「お客さんは、最近こちらに越してきた方ですか?」
「いや、旅行……でいいのかな。あちこちをぶらぶらしてる。目的は無いんだから、旅行じゃないかも」
「ああ、それはいい。お客さんが偶然この町に来て、偶然この店に足を踏み入れ、偶然アイスティーを頼んだ。それはいいことです。お客さんがこの町に定住して、常連になってくれればなおいい」
 そういって私が笑うと、お客もまた笑い返してくれた。その笑みには見覚えがある。かつてその椅子に座っていた客達と同じ種類のものだ。
 水はもう飲み干されている。早く紅茶を出したいところだが、砂時計の上部には半分ほどの砂が残っている。まだダンシングすら出来はしない。
「貴方……ああ、いや、ええと、なんて呼べばいいのかな」
 何を話していいものやら、そう考えていた私に、今度はお客さんから話しかけてきた。思えばこの客から話しかけられたのは初めてではないのだろうか。初めてと言うのは、いいものだ。喜びを感じながら答える。
「ああ、そうですね、常連のお客様にはマスターと呼んでいただきました。よろしければ、そのように」
「それでは、マスター。マスターはなんで、こんなところで店をやってるんですか? 客もこないだろうし、やめてもいいだろうに」
「お客さんがいらっしゃったじゃないですか」
「いや、そういうことではなく……」
「まあ、店がありますからね。店があれば誰かが管理しなくてはならないし、店があれば誰か通り縋ったお客が来るかもしれない。それに、私にはこの店で客を待つのが当たり前なんです」
「へぇ……そういうものですか……」
「ええ。――そうですね、お客さんとは逆なのかもしれない」
 考えなしに出た言葉だけれど、これが正解なのかもしれない。うん、あるいは、生まれる前に刻まれたものかもしれなかった。
「……逆、ですか」
「どう言うのですかね。私はそう、待つものなのです。私はただこの店で待っています。日常の暇を費やしに来た方でも、道程の間に暇を求めに来た方でも。お客さんは旅行をされているのでしょう? そういった方はきっと、何か探されているのですよ。それが私にとっての店なのか、まったく別の誰かなのか、私は分かりませんが。私は、ずっとこの店に居ましたから」
「それは……」
 私の長広舌が気に入らなかったのだろうか。お客さんは表情の動きを鈍くし、俯く訳ではなくただ視線を固定する。それは私に望まれたことではないだろう、そう考えて次の言葉を口にする。
「ああいえ、過ぎたことを言いました。私はお客様を知りません。どうぞ、聞き流してください」
「……そうではないのです、ですが」
 お客さんがこちらを見た。そのときに私は、その目が私のものと同じ系列の、とび色の眼球であることを認識した。
「私は、それをプログラムされなかったのです」



 消えようとしている人の、代用として作られたのが私だった。
 人を救う研究は多かったと聞く。それは例えば脳の活動を解析し、人の思考を行える自由な基盤。長寿化や不老化、それらを伴う合成の人体。その末端として、人の先を行くための機械の創造も行われていた。それは「新しい人類」としての機械の人型だ。私はそこから少し離れた、「機械の主人」としてのテストケースだった。
 人を存続させるのではなく、機械に続かせるのでもなく、ただ人の後始末を任された機体。人の居ない世であっても動き続けるであろう機械たちに、目的を与えるための計画だった。人に似すぎた機械の為の機械として、私は製作された。
 水を動力に動く機械は既に居た。そのパーツを流用することで半永久的に活動できる。そのため、私の素体はごくありふれたものだった。ただ、人に似せた肌と、私を人として認識させるための擬似脳にはいささか手間取ったようで、後者は間に合ったものの、前者は腕の肌を残した。左手首から肘までの肌は鈍色が透けている。しかし、そのような概観でも機械は私を人のように認識した。
 その体に出会ったのは、私の意識が作られてからしばらく後のことだ。当時最も人に近かった量産型の知能を流用したためだ。記録が生まれてからの私は、プログラムの加工が終わるまでモニタとスピーカーで会話し、レンズで製作者を見、睡眠をシャットダウンで得ていた。
 その間に行われていた加工とは、第一行程でより人に近くなり、第二行程では人格の成立を、第三行程にて機械の主人になるはずだった。ただ身体と同じように、そこで製作者は倒れた。人に近くあった私にとって製作者の死は悲しく、行程が完成しないことは悔しくもあった。だが、そのような言葉を告げる前に製作者は逝った。身体とプログラムが残され、ダウンロードと調整は自らで行った。
 未完成だったプログラムは私を主人にさせるもの。人の代替となり機械を従える私の「目的」は「手段」に成り下がったままで、私は完成されてしまった。
 最後の行程を私の手で終えてしまうことは、困難であるものの、不可能ではなかったのだろう。けれど私の意識はそれを良しとせず、製作者の作ったままに、私は歩き出していた。
 目的の見つからぬ手段を続けるように。



 お客さんがドアを開け、ベルを鳴らし、店を出て行ってしまった。それはいかほどの時間だったのだろうか。――体内の時計では三十七分十八秒03449……。この機能を私は良しとしない。客の時間を計測することは無粋だと、私のマスターが語ったからだ。楽しい時間は時計に見えないものだと、煙草を吹かせてマスターは語った。私はため息をつく。――客が去ったときの、マスターの動作。
「ありがとうございました――またのお越しをお待ちしております」
 最後の客を見送り、閉店の準備を行う前のマスターの言葉。それを始まりに私はカウンターを出、ドアの札をクローズドに変える。目の前の景色――整備の機械が失われ、崩れかけた街の中に、駆け込みでやってくる客が居ないことを確認し、私はドアをくぐり、いつの間にか錆びていた、金属のベルを鳴らした。  単なる落書きなので多分続きません。ただ喫茶店と客を書きたかっただけです。
 …………ヨコハマ買出し紀行? なんのことですか?


 まともなブログ更新はまぁそのうちにな! ネタはあるんだ!!!11!11!!1!!!!
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