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続・うみねこが鳴いたり鳴かなかったり:印字頭’Z

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続・うみねこが鳴いたり鳴かなかったり

さて、うみねこのなくころに――、の、ちょっと本格的な考察です。さすがにネタバレが過ぎるので
























 さて。
 考察と言っても、自分は推理畑の人ではないので推理関係は出来ないんですねー。それを期待してた人はすいません。
 自分が出来るのは探偵と犯人として見ることではなく、作者と読者としてみること――作中の描写に従うのなら、作者と読者というチェス板をひっくり返すことです。それを基点に推測を重ねていこうとおもいます。



 さて、推測を四つの柱で構成します。

 魔法とは何か
 殺人事件――六軒島という舞台は何か
 うみねことは何か
 作者の目的とは何か

 この四つが、私の推測の基本となります。
 まずは三つ目と四つ目、うみねこのなく頃にというゲームは一体どういった意味を持つのか、そしてそれは作者にとってどういう意味を持つのか。
 これを解くには、まず「ひぐらしのなく頃に」を理解しなければなりません。作者にとって見れば、前作と新作、前シリーズと新シリーズ、前話と最新話の関係性は非常に重要です。
 「うみねこのなく頃に」と「ひぐらしのなく頃に」、タイトルの相似性から見るに、この二つの物語は関係しています。それは魔女・ベルンカステルなどの存在だけではなく、別のところにもあると考えます。
 その理由は、連作の同人ゲームという外枠、何があっても殺人事件が起きるという内枠。ゲームとしての演出方法として相似しています。
 それがどういうことなのか、と聞かれれば、分からないと素直に答えるしかありません。ですがこれは一つの材料になると考えます。多くの場合、作者にとっての前作とは、最新作にとっての対や続きになっていることが多いからです。
 ひぐらしのなく頃にと似ているのか、あるいは逆に、対になるようなものなのか。
 これを、まず一つの材料にします。


 次に素材となるものは、作者そのもの。
 それが面白い作品であればあるほど、作者にとってのテーマや人生観が浮き彫りになります。それは作者のカラーとも呼ばれますね。その、作者のカラーを推測していきたいと思います。
 私が注目したのは、ベアトリーチェの台詞です。推理を尽く破られ、めちゃくちゃだ、と零す戦人に対しベアトリーチェはこう言います。「これらの殺人事件は解けない。魔法で行っているのだから。これはミステリーじゃない」
 これは一体どういう意図なのか? ベアトリーチェの台詞には粗暴なものも多く、特にこの台詞は感情を高ぶらせた状態での台詞でした。
 そういったシーンの台詞には、作者の感情が多く出ます。そして、そこに滲み出た感情とは何か。
 ここでまた、先ほどの話に戻します。
 「ひぐらしのなく頃に」では、『未知の病原体により人が狂いやすい』といったルールが存在していました。しかしこれはミステリーで有名なノックスの十戒に違反しています。古手梨花の持つ並行世界を旅する力もそうですね。魔法を使ってしまえばどんなことでも行える。死因の分からない毒物ならば検出できない。これらは存在するだけでミステリーを否定する要素です。
 当然、「ひぐらし」をミステリーだと考えていた人間の多くはそれを批判しました。「これはノックスの十戒に違反している!」「こんなものはミステリーじゃない!」
 これらの批判に対する答えが、前述のベアトリーチェによる台詞ではないのかと私は考えます。
 「ひぐらし」での批判があった上でのこの台詞。私には、これこそがうみねこを構成しているように思います。先ほどの「ひぐらしとの相似」から一歩進み、「うみねこはひぐらしの続編であり、その批判に対する作者の答えである」と私は考えています。さて、次の柱に進みましょう。



 さて、魔法とは何か。
 うみねこで使われている魔法だけではなく、魔女が存在している世界――殺人事件が起きた六軒島を傍観している登場人物達のことを指します。ここからがまあ本番ですね。

 まず大前提となる赤文字、青文字、金文字。そして魔女の存在や、俗に「メタ戦人」と呼ばれる人間。
 三つの文字をそれぞれキャラクターの主観、それを出す為の問い、そして絶対的な真実とまず仮定します。この話はしばらく先になりますけれども。
 次に、魔女の存在。これは二種類あり、その分け方は人ぞれだとは思いますが、私はベルンカステル・ラムダデルタ・ベアトリーチェとベアトリーチェを含むそれ以外に分けようと思います。ベアトリーチェだけが重複している格好ですね。これは現実の六軒島に登場しているのかどうか、で判断します。
 ベアトリーチェはもちろん、ベルンカステルとラムダデルタを除く魔女達は全員ゲーム板の上に登場しているんですね。ちなみに、メタ戦人は前者の方に括らせていただきます。
 何故こんな分け方なのか。実は、ベルンカステルとラムダデルタはあまり関係がありません。ベアトリーチェとメタ戦人をこう分けなければならなかった、というだけです。
 まず立場を明確にしましょう。メタ戦人はなんでこんなゲームに参加しているのか?
 第二EPにおいて戦人は「この二日間の殺人事件の犯人は第三者Xである」という目的を持ちました。その後紆余曲折を経ますが、第四EPにおいて「魔法を否定する」に変わりつつありましたね。
 対するベアトリーチェは、戦人を屈服させ魔法を認めさせること。
 ……でもそれ、おかしいんですよね。作中において、「この事件はミステリーの見解で解くことが出来る」と語られました。これは赤で語られているので、「とあるキャラクターの主観においてこの言葉は真実である」です。
 つまり、元々ベアトリーチェは「メタ戦人にこの事件を解いて貰う」ということを目的にしていたのです。つまり、ベアトリーチェと戦人が同時に目的を達成することが可能であるわけですね。どちらともそれは合意しているのです。
 それがベアトリーチェの真の立ち位置。ならば、メタ戦人がそれに並び立つための位置はどこにあるのか?
 メタ戦人の至上の目的は「この島での二日間をどんな死者も出さずに終わらせること」です。それが当然。次に「この殺人事件が第三者xの手によるものであること」、最後に「魔法を否定すること」。この順序こそが正しいはずです。本文中では語っていませんが、台詞の端々からそれを推測することが出来ます。……まぁ仮定ではあるんですけれど。
 つまり、二人がお互いに目的を叶えるのであれば、「誰も死なない」か「第三者の手によって魔法を使わずに殺された」このどちらかが必要になります。前者については、誰も死んでいないので魔法を否定する必要がありませんから。
 つまり、魔女の茶会において行われるもっとも正しいゴールは「誰も死なない」か「第三者の手によって魔法を使わずに殺された」のどちらかである、と推測します。
 そして、そのゴールを目指しているベアトリーチェとは……? という所で今回の話は終わりータルいー
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