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たおれさく・1:印字頭’Z

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たおれさく・1

せっかく小説ジャンルなので昔描いた小説をちょろっと。
ちまちま更新していこうと思います。



/僕の体は、古ぼけた時計のようで/


 朝。
 続き続けていた落下が地面に衝突した様に、唐突に目が覚めた。衝撃も何も無く、だから、あれはきっと夢だったのだ。ただ僕は、目蓋は閉じたまま身体の各所に意識を配った。
 胴体には毛布が掛けられ、間に温い空気がわだかまる。袖のめくれて剥き出しの腕は温かく、けれど裾からはみ出した足が恐ろしく冷え切っていた。血が通っているのかと、僕は不安になる。
 ……けれど、まあ、いつもの事だった。
 腕が温かい分、今日はいくらか体調が良い。 僕は目を瞑ったまま布団と毛布を軽く整え、寝転がったまま背筋を伸ばした。手を軽く握り、開く。
 ――うん、今日は本当に体調が良いみたいだ。珍しく、起きたばかりだというのに指が滑らかに動く。足はまだ反応が鈍いけれど、そこまで期待するのは僕の身体にいささか酷というものだろう。手が朝から動くだけでも幸運だ。
 右の頬、微かに日の光が当り、その部分だけが暖かい。けれど逆側の頬は冷たく、そこだけ死体になってしまった、そんな勘違いすら信じてしまえそうだ。
 ゆっくり、何かが見えるのを恐れるように、目蓋を押し上げる
 まず見えるのは睫毛。そのまま開いていくと左目だけを陽光が焼いて、反射的に目を瞑った。そして左目だけを開く。片方だけの僕の視界に、見える物は筆で描かれたような天井板の木目。幾筋も幾筋も、重なることなく緩やかに変化しながら、僕の網膜を這いまわっている。
 ああ、今日も生きてるのか。
 左目を軽く擦って、右手を頭の方に伸ばす。手探りで枕元を探った。まだ新しく滑らかな畳の表面を指が這って、その爪先が何か硬い物に当たる。手の平で触れ、確かめて、――間違いない、これだ。
 球体を半分に切ったようなそれの、頂点にある小さなスイッチを押した。
 けたたましいとはとても言えないけれど、それなりに大きいベルの音が僕の寝ている和室に響く。
 ……うるさい。
 慣れていても、やはりこの音はいまいち好きになれない。もう一度スイッチを押して、音を止める。伸ばしていた左手を布団の中に仕舞い込み、二分ほどの時間を所在無く過ごした。そして、トントントンと軽快に、障子の向こうから足音が聞こえてくる。
「――ぼっちゃん、呼びましたかいなー?」
 丁寧なのか丁寧じゃないのかよく分からない、聞き慣れたおばあさんの声。障子に映る太陽の光が、人型に翳った。
「んー、どうぞー」
 僕は答える。
「あーいよー」
 声と共に障子が開き、誰かが僕の部屋に入って、畳が小さく軋んだ。畳の表面を擦るように歩いている。
 ゆっくりと畳に正座するその人を、僕は首を捻って眺める。家政婦の前田さん。薄緑の下地に、濃い緑で生い茂る山菜のような文様を描かれた着物。それを割烹着から覗かせていて、両手には手拭いの掛けられた桶を抱えている。桶から立ち上る湯気の向こうに、垂らした茶髪と表情の読みにくい顔がぼやけて見える。
 僕の部屋に来る人なんて限られているから、足音やそのリズムだけでもある程度は誰だか分かる。ならなんで振り向いたのか、と言うと、確認のためだ。今は後ろで一つ縛りにした髪を型から胸へ流している、けど、たまにファンキーな髪型で現れるので侮れない。
 ツインテールとか、ドレッドとか、アトムのような髪型とか。
 …………。まあ、見ている分には面白いから、いいけど。
「さー、ぼっちゃん、まだ生きてますかー? それとも実は殺されていて、さっきの声は犯人のアリバイトリック? みたいな? でもこの部屋密室じゃないしあんまり難しくなさそうですよねぇ」
 なんだか今日はミステリ被れだ。
 軽く右を向いて、見上げるように、僕は答える。
「……それ、どうやってもトリックの意味無さそうだけど……おはよう、前田さん」
「あーはいはい、おはようさん」
 すっごい適当な返事。それでいいんだろうか家政婦さん。
前田さんは抱えていた桶を畳の上に置き、手拭いを浸して絞る。
「んじゃ、顔拭きますからねー。ちゃんと目を閉じてねー」
 返事を待たず、手拭いで僕の顔を拭き始めた。お湯を含んだそれは温かく、顔を拭くのには丁度良かった。
「はいー、口もちゃんと閉じてー、鼻の穴もちゃんと閉じてー」
 いやそれ無理。
 とは言えなかった。
優しく撫でるようなその布にすら、僕の口は動きを止められる。あまりにも弱く、上手く喋ることすらままならない僕の表情筋。
「……………………、はい終わり。お客さん、痒い所ございませんかー?」
「……ん、無いです。今日は調子がいいから、残りは自分でやります。どうもありがと」
 お仕事ですからねー、と前田さんは笑い、僕の枕元から立ち上がった。障子を開け、少し太めの身体をその隙間に通して去っていく。
 ぴしゃん、と小気味の良い音が鳴った。
 …………さて。
 布団を両手でめくり上げる。一度目を閉じて深呼吸。息を吸って――。
「ふっ!」
 短く息を吐き、同時に腹筋に力を入れた。
 両腕を前にやって、勢い良く、身体を起こした。
 ……いや、起こそうとした。
 けれど途中で減速し、中空に一瞬だけ止まった後、僕は布団へ倒れこむ。布団の生地が厚いから、痛くは無かった。けれど衝撃で、肺から僅かに息を漏らす。
今日は、無理だったらしい。そう考えて、僕は昨日も同じ事をしたことを、思い出した。
 昨日も、無理だった。
 きっと明日も無理なんだろう。
 ………………………………。
 諦めて、両手を布団につきながら身体をゆっくりと起こす。手の平からは分厚い布団のやわらかな感触。
 背筋を丸めたまま、ぎこちない首の筋肉を使って頭をゆっくり左右に振った。自分の部屋の様子を、何と無しに確かめる。
 たった三畳の和室。だけど寝ているだけの人間にはこれで十分だった。少し前に張り替えたばかりなので、注意してみれば、まだ香るいぐさの匂い。
 左手にある水屋――茶室用の台所みたいなもの、らしい――は僕の本棚みたいなものとして作りかえられている。竹簀子という、竹を銅版流しの上に並べたそこのさらに上に、杉板が打ちつけられているのだ。その板の上には小説から実用書、漫画から画集に至るまで大量の本が無造作に無規則に並んでいる。本当はもっと沢山の本があるのだが、それは離れの別室に仕舞われているはずだった。この部屋で置ける冊数に限界があるので、僕の所有する沢山の本がその部屋に詰め込まれている。読みたい時は、前田さんや家族に頼んで適当な本を見繕ってもらうのだ。だからここは本棚ではなく、単なる『本置き場』。雑多に並んでいるのもそのせいで、見た目の美しさよりも便利性を追求しているのだ。
 ……なんて、そんな風に冗談めかして考えながら、僕は首を反対側へと捻る。
 右手側には、さっき前田さんが去っていった障子。障子にも色々種類があるらしいのだが、流石にそんな知識はうろ覚えだ。確か名前は、引き違いの腰障子――だったか。和室の様式はいちいち細かくて、似たような名前も多いので憶えにくい。勉強すれば憶えられるのだろうが、勉強する気はないし。
 今度は、身体を少し右回りに後ろへと捻る。少々辛い体勢だが、これくらいしないと身体がすぐに腐ってしまう気がする。ずっと動かさないと、エンジンだろうが人体だろうが、脳みそだろうがすぐに錆付いてしまうように思うのだ。
 僕は、ぐっと両手に力を入れて、体重を支えた。
 振り向いた先には、一畳より少し狭い床の間。そこには、誰の作か分からない掛け軸と壷が飾られている。広くもなく、狭くもなく。
 僕はあまり使わないので、特に意味がある訳でもないけれど。
 正面から見て、中央よりやや左には、深い色の柱が天井と床を貫く様に立っている。そこには造り込まれた古い時計が吊るされて、一の字を長針が掠めている。
 特に見るものも無い部屋を一通り眺めたあと、僕は息をつき、天井をぼんやりと見詰めた。
 僕は離れに住んでいるが、この離れは数奇屋造りというらしい。茶室のような、丸太普請の住まいをそう呼ぶそうだ――いや、僕はこの家の他に茶室も丸太普請も見た事がないから、本当かどうかは分からないけれど。このを教えてくれたのは父なのだが、あまり会わないので確認のしようも無い。また今度、来てくれた時にでも聞いてみようか。
 そう呟きながら、バランスを取るかのように、僕は身体を逆に捻った。息を大きく吐いて、次に伸び。軽く両肩を回してみる。
 ……うん、本当に今日は調子がいい。
 もしかして、回復することも、有り得るのだろうか。
 ――いや、回復じゃあないか。
 回復とはつまり『元に戻ること』だと思うが、僕は元からこうだった。
 回復というより、成長というべきかもしれない。
 ……随分遅い、成長期だ。
 僕はもう、年齢的に言えば、高校三年生だったりする。成長期が始まるには少々遅い。
 成長期。
 そういえば、身長は伸びているのだろうか。
 もしかしたら、伸びているかもしれない。
 体重は、重くなったのだろうか。
 多分、重くはなっていないだろう。
 寝巻きにしている浴衣の、袖から覗く白く細い腕。
 枯れ枝の様だった。
 もう、枯れてしまった様だった。
 ………………………………………………。
 枕元の桶を右手に引き寄せ、浴衣の胸元をはだけさせる。帯紐が、それに伴って上にずり上がった。
 まず左手を、ついで右手を袖から引き抜く。露出した肌に、布団の外の空気は、少々冷たかった。
 もう、春が来ているはずなのだけど。
 桶の中にタオルを浸し、絞る。お湯を含んだそれは重く、絞りにくかったが、全精力を注ぎ込むように捻った。ぼたぼたと、僕の手から暖かな雫が桶へと滴る。 絞り終わったタオルを今度は開き、折り畳んだままのそれで自分の身体を拭いた。
 顔から首筋、鎖骨を伝って肩へ。細い左手を拭いて次に胴体。タオル越しに、少し浮いた肋骨の感触。タオルを左手に持ち替えて、右手を拭った。背中はタオルを広げて、その両端を持ち、力を込めずに擦る。
 そこから先は描写しても見苦しいだけなので省略。
 足を拭く時、背を曲げるのが辛かったとだけ、言っておこう。
 使い終わって、冷えてしまったタオルを桶の中に浸ける。
 と。
 同時に、スパーンっ、と大きな音がして障子が開いた。僕は体を硬直させて、痙攣したように振り向く。現れたのは前田さん。両手で大きなお盆を持っていて、その上には、茶碗や急須らしきものが覗いていた。
 ……というか、足で開けたなこの人。しかも声すら掛けずに。
 割烹着姿の前田さん、その向こうには和風の離れに無理矢理付け足した窓硝子が陽光を少し反射している。そのさらに奥には、庭師の人が丁寧に手入れをしているだろう、純和風の庭に生えている松や梅が見えた。梅はもう、既に全盛期を過ぎているようだった。
「はいはい、ぼっちゃん、メシですよーっと」
 前田さんは僕の部屋に入り、裸足で畳の上を歩いて、枕元にお盆を置く。 はだけている浴衣を僕に着せ、軽く帯を直した。
「それくらい自分で出来るって」
 老婆は鼻で笑い、
「何を言うか、若造め」
 と、ふんぞり返って偉そうに言った。
「……、ごめん、前田さんがどういうキャラなのか掴めないんだけど…………」
「年長者様だ。精々敬いな。具体的には電車の中で席を譲ってくれるがいい」
 ……どう対応すればいいんだろうか、本当に。しかしここで突っ込むとさらにボケ返されるだろうし、第一どれがいい突っ込みかも分からないので、無視。こういうときは受け流す事が大事だ。
「……で、今日の朝ご飯、なんです?」
「今日はね、卵粥とほうれん草のひたし、温泉卵に焼きジャケ。シャケは粉々に砕いてあるから、匙ですくってねー」
 部屋の隅に置いてあった小さな台を引き寄せ、その場に立膝を付く。台の上に食事の乗った盆を置いた。
「それとも私が食べさせてあげよっか?」
「六十年若返ってから言って下さい」
 それじゃあ小学生だよ……と、前田さんは残念そうに言う。言って立ち上がり、障子を足で開け、足で閉めて、立ち去った。
 ……。
 もうちょっと、礼儀を守ろうよ家政婦さん。……いや別に、僕が雇ってるわけじゃないけど。
 しかし、六十年前か……。
 前田さん、御歳七十歳ジャスト。
 つまり、六十年前、十歳。
 十歳の女の子に、起こされて身体を拭かれて食事を食べさせてもらう僕。
 ………………。
 ………………………………。
 ………………………………………………。
 ……あれ、僕、何を考えてたんだっけ。
 なんだろう、何かを考えてたんだけど、思い出せない。何かこう、人生の幸福とか男子の本懐とか、そんな感じのことを考えていたような気がするんだ、けど、思い出せない、ようだった。
 ………まあいいか。
 思考を切り捨てて、僕は朝食に向き直る。まだ動きの鈍い足を、時間を掛けて布団から引き抜いた。手も使って、あぐらの形に折り曲げる。背筋を伸ばし、両手を合わせて――。
「――イタダキます」
 普段声を出さない為か、声が少し裏返った。
 こんな調子で、僕は日々を続けていく。


/歯の欠けた車と時間、連鎖するように、
空回りを続けている。       /





うわー古ーてか下手ー
もし面白く感じてくれたのなら適当に感想お願いしますー
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