アレンジメント
  1. 無料アクセス解析
たおれさく・2:印字頭’Z

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

たおれさく・2

/歯の欠けた車と時間、連鎖するように、
空回りを続けている。       /


 朝食を終えて。
 ざらざらざらざらざらざらざらざらと、丸薬に錠剤に粉薬、色んな薬を流し込んだ。
 何回かに分けて少しずつ水を飲み、息をつく。
 これだけ量が多いと、おかずが一皿多いみたいなものだった。一粒一粒は小さいけれど、それなりに腹に溜まる。
 不味いけど。
 良薬口に苦し。
 良薬なんだろうか。
 きっと良薬なんだろう。
 良薬かどうかはさておいて、苦い事だけは確かだった。 もう一度水を飲んだけどまだ口の中には薬の粒が残っている様で、口内は複雑過ぎて『マズい』としか表現できない味が広がっている。上顎を舐める様に舌を動かすと、やはり残っていた粉薬が舌に張り付いた。あんまり品の良いことではないけど、僕は残っていた少量の水を口に含み、すすいで、飲み込む。まだ舌に苦味を感じるけど、そのうち消えてくれるだろう。
 食卓、というか盆なんだけれど、盆の端に置いてあった小さな皿に粉薬の包み紙を重ねた。その傍に、水が入っていた硝子のコップも置く。
 食事が終わって、僕は少し胸を反らし一息ついた
 ふと、盆の上を眺める。
 粥から漬物に至るまで、およそ食べ物に分類される物はほぼ残っていない。茶碗の底に微かにある、粥の汁くらいはご愛嬌。
しかし別に僕が健啖家な訳ではなく、食べる量が安定しているだけだ。きっとダイエット中の女性でも、僕より食べているだろう。
 僕の小食に、料理を作る人――前田さん――が合わせてくれているだけだ。あの人、意外に腕がいい。
 食べる量が安定しているのは、おそらく、良いことなんだろうけど。
 不健康が安定していると、そう考えるとあんまり嬉しくはない。
 悪化するよりマシ、というだけ。
 …………まあ、考えても無駄だ。
 無駄に暗くなるくらいなら、何も考えずに寝ていればいい。
 この十七年間、こんなふうに過ごしてきたのだ。寝る事には慣れている。一日二十時間までなら軽く眠れる。これは少々、極端な例だけど。でも嘘を言っているわけではない。
 一日二十時間睡眠。
 寝る子は育つ。
 ……。
 …………そろそろ、『子』っていう年齢でもないか。
 僕は枕元にあるベルの、スイッチを叩く様に押した。激しく鳴るベルを、二三秒だけ待ってからまた叩いて止めた。
「ほいほーい」
 声と共に、前田さんが裸足で縁側を走る音。木が軋む音も、微かに聞こえる。
 日の光が一瞬翳ったかとおもうと、その瞬間に障子が足で勢い良く開けられた。足で障子を開けるのは前田さんの中のブームなのだろうか。器用なものだ。前田さんは部屋の中に入って、身を屈め、お盆を持ち上げる。
 それを横目で確認しつつ、僕はゆっくりと敷布団の上へ寝転がり、掛け布団を顎の辺りにまで持ってくる。朝食を食べている間に冷えてしまったのか、掛け布団は少々冷たい。
 布団の寝心地を確認したあと、僕は、両手でお盆と桶を持って去り行く前田さんを見た。
「――ああ、ぼっちゃん、障子、開けときますかい? ほら、今日は天気がいいですし、お庭は良い景色ですよー」
「……そう、ですね、開けといて下さい。閉める時は自分で閉めるんで」
「はいなー」
 言って、前田さんは歳の割りに軽やかな足取りで僕の部屋を去った。
 春の日差しが、布団と畳の上に降り注ぐ。
 窓の景色は、見慣れているとはいえなかなかのものだった。流石に広葉樹にはまだ葉が付いていないが、そちらこちらに緑が芽吹き始めている。土と石を覆う苔、年中緑の松の木も、心なしか緑が鮮やかだ。池の周囲には何かの球根が芽吹いていて、そこから少し離れた所には、散りかけの梅がけれど満開といって良いほどに咲き狂っている。
 桜はまだ咲いてはいないが、丸い蕾が裸の枝にひしめき合っていた。咲いたらさぞ見物だろう。
 咲いたら。
 咲くまでに、僕は生きているのだろうか。
 桜は蕾が一番良いと、僕は思う。華やかさこそ中に閉じ込められて見えないが、だからこそ良いのだ。蕾の中には綺麗な花弁が詰まっていて、それがいつか咲くことは言うまでも無いし、咲いた姿が綺麗だと、そんな当たり前の予測が出来る。
 美しい未来が待っているのだ。これほどの幸せなんて、幸せであり続ける事くらいしか、僕は知らない。
 顔を出してそんなに経たない、けれど寝惚けている様には見えない太陽が、桜の枝に重なっている。
 微かに見える、枝と蕾のシルエット。
 きっとこれくらいが丁度良いのだ、人生なんて。
 僕は後ろ向きなことを考えながら、上を向いた。
 天井が。
 遠い天井が見える。
 僕が見た事のある天井、そんなものは、これだけだ。
 青天井も含めて、他の天井なんて見たいとも思わないし、見たいとも思えなかった。
 ……………………。
 うぐいすの声が聞こえてくる。
 その声に混じって、廊下の軋む音と誰かの足音が、聞こえてくる。
 ……誰だろう。
 前田さんは裸足だから足音に特徴がある。この足音は多分、靴下で歩いているのだろう。この、リズムは、確か………………。
 開かれている障子から、長い黒髪が覗いた。
「――ろーくん、起きてる?」
 そこにあったのは、僕が今まで一度も見たことの無い顔にそっくりだという、僕の姉の顔だった。顔だけを、そこから覗かせている。
 やや垂れ気味の目の奥に何かを隠しながら、口元を緩ませ、にやにやと、何故か楽しげに僕を見詰めている。何か良いことがあって、すぐにそれを言いたいのだけど我慢しているような、そんな表情。姉がこの表情の時はいつもろくな事が無い……というか、何が起こるか分からない。
 姉さんは一日に最低でも一回は顔を見せにくるが、しかしこんな朝の時間帯にやってくるのは珍しい。何かあったんだろうか。……まあ、何かあったんだろう。
 低血圧のはずの姉さんは、朝にしてはやけに元気な顔をしていて、けれど部屋には入らず障子の向こうからこちらを覗いていた。僕はいろんな疑問を持ったけど、それを聞く前に姉さんの問いに答えて、口を開く。
「いい加減子供じゃないんだし、その呼び方止めようよ……。言っても無駄だろうけど。それで、どうしたの? 何か、機嫌が良い様だけど」
「……んー、相変わらず、固い口調だねぇ。もう少し前田さんとか見習ったら良いのにねぇ?」
 僕は変人になりたくない。
「……で、何の用? 僕は今から二十三時間ほど寝なきゃならないんだけど」
「……アンタはリスか?」
 よく分からない突っ込みを入れつつ、姉さんは障子の影から出て僕の部屋に足を踏み入れる。こちらも突っ込みを入れさせていただくと、畳は靴下で上がるものじゃないと思う。多分。マナー本なんて読んだ事は無いけど。
 姉の格好は、なんだかいつもと違い小奇麗だった。普段ならジャージやパジャマで登場して来たりするのだが、今日は不可思議な事にスカートなんていうものを履いている。Tシャツは十三日の金曜日に徘徊するあれをキャラクター化した(不気味な)柄だったけれど、もしかしたら、それを可愛いと見る人もいない訳では、ない、かも、しれない……。
 要するに、姉さんにしては比較的大人しい格好をしているという事だった。珍しい。今日は空からマグロでも降ってくるのだろうか。屋根は大丈夫だろうか、なんて下らない事を僕は考える。
 姉さんは僕の枕元に来ると、やけに大きな動作で腰を下ろし、あぐらをかいた。
「……見えるよ?」
「大丈夫、スパッツ履いてるから。でも見るな」
 じゃああぐらで座るなよ、と言いたい。でも僕は何も言わず、部屋の埃を目で追った。
「最近、元気してるー?」
「元気してたら普通こんなところで寝てないよね……まあ、最近はちょっとだけ調子が良いかな。春が来たせいかもしれないけど」
「……春、ねぇ…………」
 姉の声に重ねる様に、うぐいすが鳴いた。まるで仕組まれたようなタイミングだったから、誰かが仕組んだのかもしれない。
「……春だねぇ……」
「……春だよ」
「春。春といえば、花見、タンポポ、芽吹き、花粉症、酒、――ろーくん、他、何かある?」
「春……?」
 春といえば……。
「…………裸にコートの……」
「……春と言われて真っ先に出るのがその単語って、心の底からしょうくんの未来が心配ですよお姉さんは……」
 と泣く振り。
「いや、流石に冗談だけどさ。……春……」
 そんなこと、急に言われても。
「……えーと、桜に、花見に――」
「あ、もう出たヤツは無しね」
 …………いつのまにか連想ゲームみたいになっている。そんなものに参加した憶えは無いんだけど。
「そう、だね……。雀に、フキノトウ、蓬も春だった、っけ……?」
「他には?」
「他って…………」
 どうやら姉は、何かを僕に言わせたいらしかった。
 春。春、春ねぇ……。
「春って、あとは……入学とか、新生活とか……?」
「惜しい、もう一声!」
「…………駄目だ、降参。で、何が言いたかったの?」
 腕を組んで目を閉じ、眉間に皺を寄せて――不満げに姉さんは言う。
「春って言えば、出会い! でしょうが!」
 ……生憎と、僕は家から出ないのでそれを連想しようがありません。
「……で、出会いがどうしたって? 食パン咥えて走ってたら裸で俊足の前田さんが追いかけてきた?」
「明らかに、途中で混線してるよねその台詞……。えー、ええとですね……」
 服装と同じように珍しく、姉さんが口篭もった。
「何?」
「……えー、その、お姉さん、恋人が出来まして」
「…………へぇ」
「……リアクションが淡白過ぎるよ……」
「な、なんだってー!」
「……リアクションがベタ過ぎるよ…………というかアンタ何歳だ」
 突っ込みはこの際無視しておくとして「で、今日はその恋人さんに会うから、そんな格好してんの?」
「似合うでしょ?」
「………………………………………………」
「なんだその目は」
「いや、メリケンサックを付けてない姉さんって姉さんらしくないなあと」
「ろーくんの前で付けた憶えは無いんだけど……。……でね、一応、報告しておこうと思って。父さんや母さんには、まだ言ってないんだけどね」
「…………じゃあ、何で僕に?」
 僕は布団の上に寝転び、横目で姉さんの姿を眺めながら、言った。
 そんな僕に、姉さんはこう返す。
「だって、ろーくんは……―――――――――――――――――――――――――――?」
 僕はそれに、沈黙で返した。

 しばらくして。
 他愛も無い話や姉さんの恋人の話(惚気だ)を適当に聞いたあと、姉さんは「今からデートなんさー」と言って畳から立ち上がった。だからあんな、珍しい格好をしていたらしい。姉さんのスカート姿は新鮮ではあったが、スカート姿の姉さんなんて姉さんじゃない。姉さんのスカート姿が消えてから、僕は一つ息をついた。
 考えてもみて欲しい。なんたって、自分そっくりの人がスカートを履いて歩いているのだ。精神的に辛くなるのは当然だと思う。
 僕が家を出れなくて、本当に良かった。
 自分と同じ顔の人か同姓の人間と付き合うのを見るのは、さすがにちょっと慣れそうに無い。
スポンサーサイト

コメントの投稿
非公開コメント

トラックバックURL